大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和34年(ソ)2号 決定 1959年3月10日

抗告人 船越萬次郎

相手方 樋口哲四郎

主文

原決定を取消す。

本件を大阪簡易裁判所に差戻す。

理由

本件抗告の要旨は、抗告人は、岡山市津島西阪二四七番地に居住し岡山県採掘権登録第五一九号同県阿哲多町所在銀銅亜鉛鉄鉱三千アールの鉱業所を有し、同鉱山を滝の丸鉱山と称してその採掘家業を経営して来たが、昭和三二年一〇月頃から大阪市南区周防町一四番地目至(昭和三三年一月二八日同人死亡により爾後目信子)方に事務所を設け金井敏伯を係員として駐在させて来たところ、岡山地方裁判所新見支部は昭和三三年一〇月一四日債権者(相手方)、より債務者(抗告人)に対する大阪簡易裁判所昭和三三年(ロ)第七七〇号並びに同年(ロ)第五二七号各仮執行宣言付支払命令の執行力ある正本に基き、前記鉱業権に対し、強制競売開始決定をなし、同決定正本は同年一一月七日前記事務所に送達せられた。しかしながら、抗告人は相手方に対し債務を負担したことなく、前記支払命令申立の基本債権である四通の約束手形の裏書をしたこともないし。前記各仮執行宣言付支払命令が抗告人に送達せられたこともない。よつて、抗告人は、大阪簡易裁判所に右各仮執行宣言の付されたる支払命令に対する異議並びに前記強制執行停止の各申立をなしたが、原審たる大阪簡易裁判所によつて、「昭和三三年(ロ)第七七〇号仮執行宣言付支払命令正本は抗告人の雇人目信子が同年九月八日に、同年(ロ)第五二七号の仮執行宣言付支払命令正本は抗告人自身が同年七月三十日に、それぞれ受取つていることが認められるので、送達は完了しており、前記異議申立は右各送達の日より二週間を経過して後に提起されたものであつて不適法であり、従つて前記強制執行停止命令も不適法である」との理由で抗告人の前記各申立はそれぞれ却下された。しかし、前記各支払命令は抗告人自身受取つたことはなく、又右目信子は抗告人の雇人ではない。もつとも、抗告人が、その大阪事務所を同女方におき、同所に金井敏伯を駐在させておるのは、目信子の夫亡目至の存命中から右金井敏伯が目至の知人として同家に同居して居たためであつて、同家は狭いので同家六畳間に同女の亡夫の商売上の事務所と抗告人の事務所とが同室してはいるが、前記目信子は抗告人の事務所とは何等関係のない者である。よつて、原各決定の取消を求めるため抗告に及ぶ。というにある。

よつて、審究するに、民訴法一七一条一項はいわゆる補充送達の規定であつて、ここに「同居者」とは、現行法にあつては旧法と異り、送達名宛人と同居している者であれば足り、法律上親族であることを要しないが、同一家屋に居住していても世帯を異にする者、下宿人、臨時の留守番などはこれに含まれないし、本人が特に印を渡す等の行為によつて書留郵便物などの受領権限を与えていれば格別。かゝる特別の事情がない限り、事務所の臨時の留守番が同所の印を使用して郵便物を受領するような場合には、補充送達ありとはいい難く、また「事務員」とは送達名宛人の事務員をいい、「雇人」とは送達名宛人の雇人で前記事務員を除いた者をいうのであつて、以上に掲げる者以外の者に交付した送達は無効であると解するを相当とする。そして、一件記録中の前記第五二七号事件仮執行宣言付支払命令正本の郵便送達報告書によると同報告書には書類受領書の署名又は捺印欄に「敏伯」と刻した印影が押捺されているとともに受送達者本人に渡した旨記載されており、前記第七七〇号事件の仮執行宣言付支払命令正本の郵便送達報告書によると同報告書には書類受領者の署名又は捺印欄に「目」と刻した印影が押捺されているとともに受送達者不在に付事理を弁識する雇人目信子に渡した旨記載されていることが認められる。

そして、原審は一件記録に徴して前記第五二七号事件の仮執行宣言付支払命令正本は抗告人自身が、又前記第七七〇号事件の仮執行宣言付支払命令正本は抗告人の雇人目信子がそれぞれこれを受取つたことを認定しているのである。ところが前記各郵便送達報告書を除いては他に右認定に添う資料がないから、右認定は前記各郵便送達報告書の記載自体によりこれをなしているものと推察できるのであるが、前記認定のような事実のなかつたことを前提として仮執行宣言付支払命令に対し異議の申立をしている本件においては前者については、金井敏伯の印影と思われる「敏伯」と刻した印影が押捺されているところからみればむしろ抗告人が押捺したものでなく、従つて抗告人が右仮執行宣言付支払命令正本を受取つていないのではないかと考えられるばかりでなく、後者については目信子が抗告人の雇人であることが郵便送達報告書のみによつてこれを認めうるかどうか甚だ疑わしいところであるといわねばならない。

却つて、疏甲第二号証(金井敏伯の証明書)によると金井敏伯が大阪事務所の駐在員として、右信子の家屋内の事務所におり、抗告人はその住所を岡山市に有し、殆んど右事務所にはいないらしいこと、及び右信子の事務所と抗告人の事務所とは同室にあり、お互の印顆等も近接した場所に保管されていること。目信子は雇人ではないらしいことが一応認められる。

そうすると、前者の送達報告書については、本人欄に「敏伯」なる印影が一つあるのみであつて、果して誰が受領したかは、右送達報告書を一見したのみではにわかに決し難く、より審究して、果して、抗告人本人或は抗告人の事務所の事務員たる金井敏伯等が受領したもので、送達は適法になされたものか、はたまた、受領権限のない第三者が受領したものであつて、送達は無効なものかどうかを決しなければならない。

また、後者の送達報告書については、なるほど一応「雇人目信子」が受領した旨記載されており、一応右信子が受領した如く考えられるが、右信子が果して抗告人の雇人であつたかどうかは、より審究せねばにわかに決し難く、若し右信子が抗告人の雇人でないことが明らかになれば右送達は無効なものといわねばならない。そうすると、いずれにしても以上の諸点を審訊或は任意的口頭弁論等の方法により金井敏伯、目信子及び抗告人等を取調べた上審究判断せねば本件異議の申立は受理しうるかどうか決し難いところである。しかるに、かゝる判断をなすことなくしてなした原決定は失当である。

次に、前記認定のとおり、右のような判断を充分尽すことなくしてなした仮執行宣言付支払命令に対する異議申立却下決定を前提としてなされた原審の強制執行停止命令申立却下決定も、前記異議の申立が受理されるかどうか決しないと、にわかには判断しえないわけであるから、不適法として却下した右強制執行停止命令申立却下決定もまた失当に帰する。それ故、本件抗告は爾余の点についての判断をするまでもなく理由があり、原決定はいずれも取消を免れない。

よつて、民訴法四一四条、三八六条、三八九条一項、三八八条により主文のとおり決定する。

(裁判官 入江菊之助 野田栄一 弓削孟)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例